「でいご」の花の間を往く戦艦「土佐」?↓
↓バグのようですが,面白いので放っておきます。

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古代史、勝手に解釈~序章 ― 2011年02月14日 19時41分44秒
さて、好評?の歴史シリーズ
このたび日本の古代に対する自分の見解がまとまったので書いてみました(というより、書き溜まっていたものの掲載)。
別に明白な証拠があるわけじゃありません。昔から疑問に思っていたことに対して自分なりの答えが出ただけです。
基本的には、流れとか筋を大事にしています。
考古学は、銅鐸等のおおまかな祭祀道具の分布等、マクロ的なものは重視しますが、どこどこで館跡が発見されたとかミクロな点は、眉につばを付けて見ています。自然・地理的なものや外国の歴史との関係は、いじりずらい事実なので重視します。
このたび日本の古代に対する自分の見解がまとまったので書いてみました(というより、書き溜まっていたものの掲載)。
別に明白な証拠があるわけじゃありません。昔から疑問に思っていたことに対して自分なりの答えが出ただけです。
基本的には、流れとか筋を大事にしています。
考古学は、銅鐸等のおおまかな祭祀道具の分布等、マクロ的なものは重視しますが、どこどこで館跡が発見されたとかミクロな点は、眉につばを付けて見ています。自然・地理的なものや外国の歴史との関係は、いじりずらい事実なので重視します。
非科学的?
そうかもしれませんが、こういう感覚で見ています。
例えば、大津京。
滋賀県大津に大規模な建物跡が発見されました。
これで、大津京がここにあることが証明された。
大津京が九州にあった?アホ抜かせ!!
とは、考えないのです。
だって、なんで、それが「大津京」なの?
確かに大きな建物があったことは事実でしょう。
しかし、仮に日本書紀やらの書物に大津京と書いてあって、大津で大規模な建物跡が発見されたから大津京だということであれば、これは、トートロジーです。
もし違う大津に建物跡が見つかったらどうなるのでしょうか。
もし違う大津に建物跡が見つかったらどうなるのでしょうか。
嘘をつく場合、人は、無から嘘を考えるでしょうか。
大抵は、なんらかの真実をベースに嘘を重ねるのではないでしょうか。
いざというときに言い訳が出来る、またバレにくいことから本能的に嘘には、核となる事実があるものです。
何が言いたいのかというと、滋賀の大津にも、大津京に仕立て上げるための何かが元々あったのです。京と言い張れるものですから、本当に京として使ったことのある建物かもしれません。
でも、それが、大津京、さらに言えば、「唐の侵攻を恐れて天智天皇が移り、また、壬申の乱の舞台となった大津京」なのかという問題は、何も解決されていないのです。
人物の創作なんかもそうです。
むしろ、なんで九州からやってくる唐に対処するために大和盆地から近江に移るのか?地図を見ると分かるのですが近江に移るメリットが全然感じられないんですよね。最初にこれを習ったとき子供ながらに疑問だったんですよ。こういう筋とか流れとか、国や地方単位のおおまかな人の関係とか、そういったミクロな点に動かされにくいと思うので重視しているのです。
まあ何だかんだ言って、その方が面白いからです。
どうせ本当のことなんて誰にも分からないんですから。
警告:素人が思いつきで書いたものなので、感想はかまいませんが、学術論争ないし特定の思想に基づく議論をふっかけられましても、一切取り合いません。
あしからず。
あしからず。

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